「で?お前の今のヤサはどこだ?」
遠藤の知るカイジの以前の住まいは家賃未払いで解約、とうに他の人間が住んでいる。
「ん〜・・・・・・遠藤さん、ドライブしねぇか?ひと気のないところまで」
遠藤は一つ、ため息をついた。
遠藤に痛い目に会わされたことを思えば、住所を知らせたくないのはわからないでもないが・・・・・・多分、そういった定住地がないのだ。
遠藤の憂鬱な気分に呼応するように、外は土砂降りの雨。
バレンタインの神様は白いバレンタインのために雪を降らせるべく雲を呼んだらしいが、お天気の神様は世の恋人たちに寛容でないのか、気温を少し上げたらしい。しかも嫉妬深くもあるのか、雨の勢いはすこぶる激しい。
どこかへ入るか?と尋ねようとしたが、カイジはずっと外を見たまま・・・・・・一瞬、ガラスに映るその影に見蕩れ、遠藤は声をかけるタイミングを失う。
物憂く車窓を眺めるその顔が、他の車のテールランプに映えるのを、どことなくきれいだと感じて・・・・・・ありえないと遠藤は首を横に振った。
しばらく走った車は、とある公園の駐車場でエンジンを止める。
晴れていれば冬の寒空でもジョギングをする元気な輩もいるのだろうが、さすがにこの土砂降りでは人っ子一人いない。
「ほら、ご希望通りひと気のないところだ。なんか俺に話すことがあるんだろう?」
「・・・・・・う〜っ・・・」
言い出しづらいことなのか、カイジは唸って頭を掻いた。
――まさか、またギャンブル資金を貸せとか、そういったことじゃねぇだろうな?
本来、人がこそこそ頭を下げる場面で、なぜか堂々と強気の態度を取るのが遠藤の知るカイジであるが、さすがにそう何度もでは気まずいのか・・・・・・それとも意外と少額ゆえに気が引けている可能性もあるが。
とにかくカイジは喜怒哀楽はわかりやすいが、彼の常識と遠藤の常識とはズレているところが多いため、わかりにくい。
相変わらずの豪雨。その天候と時間が相まって外は真っ暗であるが、青白い街灯がウィンドウごしに車の中を照らし、明るい。
――クリスマスやらとおんなじで、雪でも降ればバレンタインとやらも、アベックの間では盛り上がるんだろうがな・・・・・・
水の中、二人きり閉じ込められたみたいだと、勢いよく窓を伝う雨を遠藤は眺めながら、柄にもなくそんなことを思っていた。
なにかのきっかけで覚醒モードに入られたら、どんな難題をふっかけられるかわかったものではない相手・・・・・・仕事場にうろついていれば確かに忌々しい相手に違いないのに、一つの空間にこの男と二人きりでいるのは悪くないと思っている自分に遠藤は苦笑する。
じっくり話を聞いてやるという演出もあってエンジンを止めたが、こうも無言だと音楽の一つでも欲しいところだ。それにまだ空気に暖かさも残っているが、そのうち冬の冷気も染み込んでくるだろう。
よくよく考えれば、ひと気のないところがご所望とあらば、遠藤のベッドでも問題はないわけである・・・・・・ただ、1、2度同じベッドを共にした相手とはいえ、それでも一般常識やら世間体やらが頭にこびりついて離れない遠藤としては、バレンタインを男同士で絡まりあって過ごすということには、多少薄ら寒さを感じないではないのだが。
うちに・・・・・・と遠藤が口を開きかけたところで、カイジが片手で何かを遠藤に向けて突きつけた。
「これ・・・・・・」
なにかと思えば缶コーヒーである。
「罰ゲームでコレ、渡してこいってさ。いつもお世話になってるのに、ボスの日になんにもできなかったからって」
※※※
タイトルどおり割と甘めのバレンタインネタです
【もふくづま】(サンプル)
「よっと・・・っ・・・・・・!」
カイジはとりあえず、お茶やら饅頭の残りを片付けようと立ち上がりかけ・・・・・・小さく呻いて尻を浮かせた状態で畳に頭をつけるようにして、小刻みに震えながらうずくまった。
律儀に馴れぬ正座をし続けすっかり感覚が麻痺していたのだが、おもいっきり痺れが切れていたのである。
少しでも動かそうとすればと、ビリビリと爪先の端から痺れが襲ってきて動けず、しばらくこのまぬけな格好で落ち着くまで耐えるしかあるまい。
たった一人とはいえ通夜の席という厳粛な場で、いろんな意味で醜態を晒している自分がバカバカしく、カイジは笑い出してしまったが・・・・・・笑い出したことでカイジの中の感情の糸が切れたのか、笑い声はやがて嗚咽に変わり、最後はとうとう堰が切れたように激しく泣き出した
「あんたのせいだ、バカ遠藤っ!」
憎まれ口を叩いたところで、何かしらの反応を返してくれた遠藤はもういない。
沈黙だけがカイジの上にのしかかる。
「いい格好だな、奥さん」
痺れが切れたことなど知りようもない第三者がカイジの姿を見れば、夫を亡くして嘆き泣き崩れているようにしか見えないであろうに、弔問客にしてはひどく不躾な言葉を投げつけられた。このような場でそんなことを言うような男をカイジは一人しか知らない。
兵藤和也か!?・・・・・・と構えて、睨みつけるように顔を上げれば、そこにいたのは遠藤の部下達だった。
皆、ダークスーツに黒ネクタイ・・・・・・だがにじみ出ている雰囲気のせいか、普段のカタギでないセンスの服装以上に、ヤの付くご商売の人たちに見える。
この時間になったのは、遠藤ならたとえ自分の葬式でも営業を休むのは喜ばないだろうという判断して、普通に会社を営業したあとでやってきたのか、それとも一般の人間の目に極力付かない時間を選んでやってきたのか。
そんな心遣いだと判断して、カイジは涙を拭い姿勢を正した。
心無い言葉も『喪主である妻がしゃんとしていなければ遠藤の名に傷が付く』と、暗に諭されたためと思ったからである。
初めての弔問客達は沈痛な面持ちで焼香していった。一条のカジノまで遠藤の鞄持ちをしていた角刈りは、もうずっと前から泣き腫らしたような目をしている。
誰も訪れない通夜で、遠藤の人生は誰にも省みられないようなものだったのかと、心のどこかで切なく思っていたカイジだが、せめて部下達には慕われていたことがわかり、カイジの目頭は熱くなった。
「心中お察ししますがね、奥さん」
古くから遠藤金融にいるらしい唇の分厚い男が、打って変わってニヤリと哂う。
「俺たちは形見分けをしてもらいに来たんですよ」
「な……」
形見分けなど、葬儀が終わった後の話である。カイジがその非常識をなじる前に、背後から乱暴に押された。とっさに腕を床につき体を支えるが、痺れが切れて動けなかったときと同様、無様に尻だけ上げて畳に這う。
「お前が社長を殺したんだっ!毎日毎日成人病を助長するような高カロリー高塩分のコンビニ弁当なんざ、しかもわざわざ詰め替えて持たせやがってっ!大体お前がギャンブルジャンキーなんかじゃなかったら、こんな辺鄙なところから、毎朝毎晩睡眠時間を削って会社まで通うこともなかったんだっ!・・・・・・この悪いケツが社長をたぶらかしたのか!?このケツがっ」
※※※
タイトルどおり未亡人ネタです。
『2月14日の・・・』はあおり文をつけるには特徴が薄いんですが(表紙そのものですべてがわかりそう)、『もふくづま』の方は『この悪いケツが社長をたぶらかしたのか!?このケツがっ』がすべてのような気がしてます(破戒の遠藤さんのかばん持ちの角刈りさんがすごい不遇な扱いをうけてます。気の毒に)。